2006.10.23
九州一周旅行(6日目)
旅行記ももう後半、気付けば10日以上ブログ更新をサボってしまいました。
今回の記事も長いです。お暇な人は読んでみてくださいね。
大分〜佐賀篇です。
9月24日日曜日
この日は寒さのせいでほとんど眠れず、7時には完全に目が覚めてしまった。
コンビニで朝食におでんとおにぎりを購入し、駐車場の端っこのほうの縁石に腰掛け食べた。俺は早朝に外で食べる食事をなぜか異常にうまく感じてしまう。
そのコンビニで、大分県の詳しい地図を150円で購入し、8時頃由布院へと出発した。
由布院を目指し、国道210号線を進んでいたら、「湯平温泉まで3km」と書かれた看板を発見した。
地図の湯平温泉についての説明を読んでみると「のどかな温泉地で5つの共同温泉がある、村人と入浴客とのふれあいの場となっており、入湯料は100円程度」とあった。
村人とのふれあいというRPGのような体験に憧れたので寄ってみることにした。
この湯平温泉、到着してみるとまさに隠れ家的温泉地といった感じで、ノスタルジックなのんびりとした場所だった。
何よりも嬉しいことに無料の駐車場が設置されていた。
「金なんかいらん。お前の面構えが気に入った。黙って入っていきな。」
と言われた気がしたが、気のせいだった。
車を駐車し、地図で紹介されていた共同温泉へと向かった。
共同温泉は別に番台さんがいるわけでもなく、無造作に設置された集金口にお金を投入するシステムになっていた。
払っても払わなくても入れるようだったが、俺は性格上200円入れて入湯することにした。
この温泉、ものすごく作りは大雑把でシンプルなものだったが、朝風呂、貸切状態ということもあって、最高に気持ちがよかった。30分ほどぼけーっと湯船に浸かっていたと思う。
村人とのふれあいは一切なかった。

その後、由布院に向かう道中で、タオルが残り3枚しかないにも拘らず、この日あと4回温泉に入ろうと本気で思っていた。
まずは由布院温泉、貴様に入ってやる。
今思えばこの高飛車な態度がよくなかった。
由布院には11時前には到着したのだが、九州一の観光地だけあって人が溢れかえっていた。
どの駐車場も満車。満車。マンセー。
めんどくさくなってきた俺は、由布院は過去に何度か来たことあるしもういいや、素通りしようと考えた。
この時、1日で5箇所の温泉に入ろうなんていう、しずかちゃんが立てそうな計画も捨て去った。
テクマクマヤコンテクマクマヤコン
俺はジャイアン。風呂嫌い。
とりあえず由布院に来た証拠として由布院駅で写真を撮ってみた。(車を降りれる状況じゃなかったので車中から撮影)

ふと、パチンコ屋の看板のパの部分を隠した写メールを友達に送りたくなって、由布院駅近くのパチンコ屋の駐車場に車を駐車したら、ヤクザと思われる二人の男から、ここは私有地や。観光客は有料駐車場に駐車しろバカヤロー。と怒られた。
別に俺は由布院を観光するためにパチンコ屋の駐車場に車を止めた訳じゃなかったが、説明するのもめんどくさかったし、説明したら殴られると思ったのですぐに謝り、その場を離れた。
では由布院さようなら。またいつか会えたらいいね。とか思いながら素通りしていたら
「山下清原画展開催中。由布院夢美術館200m先右折」と書かれた看板を発見した。看板をよく発見する日である。
山下清?裸の大将やん!とテンション昇竜拳になった俺は、もう200m先を右折することしか考えてなかった。
もしかしたら芦屋雁之助展と勘違いしていたのかもしれない。
その後30分ほどで、運よく駐車場に駐車することができ、早速由布院夢美術館へと向かった。入場料(600円?)を支払い、美術館の中に入るといきなり貼り絵の山下清自画像が迎えてくれた。

貼り絵の芸術性の高さとか色使いの素晴らしさは俺にはさっぱり分からなかったが、清さんがイメージ通りのランニングシャツで坊主だったことが嬉しかった。
この美術館では絵画だけでなく、清の書いた放浪記から抜粋をした山下清エピソードなども多く紹介されており、なかなか楽しめた。
清は召集令状が来るのが怖くて、大嘘をつきながら放浪の旅をしていたそうだ。
「父は3年前に死んで、母は風邪をこじらせ3日病んでポックリ死んだ。兄弟もない独り身で、母さんが死ぬときに、清やもうじき母さんは死んでしまうからお前はよそへ行って使ってもらえ。腹が減ったらよその家でおむすびをもらって食べろ。と言って死んだのでおむすびをください」
と言うのが放浪中の物乞いの枕詞だったらしい。当時両親は健在だったそうで、嘘をつくのにこれっぽちの罪悪感もない男だったそうだ。
さすが清さん。自分には正直。
他にもこんなエピソードが紹介されていた。
清は甲府の駅でお客さんを笑わせようとしてキンタマを出して
「どうして大人になるとキンタマにたくさん毛が生えるんだろう?」って言ったらしい。
いきなりキンタマを目の前に出された客は笑って驚いていたそうだ。
しかし、その隣の客が
「それは人に見せるものではない、みっともなくて笑われるぞ」と注意してきたらしい。
すると何を勘違いしたのか清は「笑ってくれるのは面白い」と言って、他の人にもキンタマを見せまくって警官に捕まったらしい。
俺はますます清さんが好きになったよ。
有名な花火等の貼り絵も感動したが、クレパスで書いた金魚や版画も素晴らしかった。
さすが放浪の天才画家、日本のゴッホと称されるだけはあると思った。
その後、山下清の作品を見れた感動の余韻を残しつつ、由布院を出発することにした。
駐車場で、さてどこに行こうか?と朝購入した観光案内付きの地図を見ながら考えた結果、宇佐市にある大乗院という寺に鬼のミイラを見に行くことにした。
俺は昔からUMA(未確認生物)に深く興味があり、真剣に将来UMAハンターになろうかと考えたこともあったほどだ。
そんな俺は鬼のミイラを見るために2時間ほど国道500号線を北上した。
大乗院の場所は至極分かりにくく、おそらくこの近所だろうという場所までは行けるのだが、そこから先の細かい道が全く分からなかった。
近くのコンビニで「鬼のミイラはどこですか?」と恥ずかしい質問をしてようやく到着することができた。
大乗院へと続く石階段を登っているとき、期待で胸がいっぱいだったが、上段へと足を進めるにつれ不安でいっぱいになっていった。
さぁついに着いた!あっ!ここ前に来たことある!
どっぱっぱー!!
以前に家族で来たことがある場所だった。寺に着いてはっきりと思い出した。本当は階段を登っているときに気付いていた。気付いて気付かないふりをしていた。
以前に何をしに来たかって?
鬼のミイラを見にきたんよ。
しかもその時はツアーか何かで来てて、バスガイドさんが
「この鬼のミイラは最近までは鬼と信じられていましたが、近年、大学で徹底的に検証してみた結果、真っ赤な偽物であることが判明しました。本体は巨人症の女性で、角や大腿骨などは獣の骨を加工してくっつけてるそうです。」
と言っていた。
今ならこのバスガイドに説教してやりたい。
当時の俺がこの解説を聞いてどれほど悲しかったことか。
ねぇ、お父さん、鬼はいないの?鬼のミイラは嘘だったの?ねぇお父さん。・・・・答えてよ!今日は鬼のミイラ見に行くって言ったじゃないか!でもこのミイラは偽物なんでしょ?・・・・わーーん!!
そんな寺を、時を超えてまた訪れてしまった俺はかなりのマヌケ野郎だと思う。
せっかくなので鬼のミイラに手を合わせ、そそくさとその場を立ち去った俺は、過去の苦い記憶をひしひしと思い出していた。
この時、なぜか無性にエロ本が読みたくなったが、これは鬼の呪いだと思う。
全ての雑念を振り払い、今度こそは行ったことのない大分の名所を目指すことにした。
地図を確認して、佐賀に向かう途中にある「青の洞門」という場所に行くことに決定し、国道212号線を1時間ほど走らせた。
「青の洞門」とは、かつて断崖絶壁を危険を冒して渡っていた時代に、多くの転落者が出ることを憐れんだ僧侶・禅海和尚がノミと槌だけで断崖に彫りぬいた道(トンネル)のことらしい。
この和尚、1734年から30年の歳月を費やして185mのトンネルを貫通させたそうだ。
すごいと思う。30年間もずっとトンネル掘り続ける根性がものすごい。
「和尚、そんな馬鹿げた計画もうおやめください、お体に触ります!」
「うるせー珍念!俺にはこれしかねーんだよ!女房は逃げた!博打は負けた!うぉー!カツーン!カツーン!」
そんな30年。
青の洞門の中を歩いた後、絶景とされる洞門外の景色を見学した。

中国の景色のような壮観は好きなのだが、水場が子供の遊び場になっており、ちょっとがっかりした。
さて、もう時間も夕方に差し掛かっており、そろそろ温泉を探そうと思い、国道212号線を走らせ、大分県日田市の琴ひら温泉に入ることにした。
この温泉もかなりの隠れ家的な温泉で、入湯料は700円と今までで一番高かったが、川がすぐ横を流れる、眺めのいい露天風呂だった。

この写真は全裸で撮ったのでブレてます。
琴ひら温泉入浴後、従業員から入湯券の半券を見せればソフトクリームが100円で買えるよ。と言われたので購入したが、身体がみるみる冷えて後悔した。
コーヒー牛乳を飲めばよかった。
温泉を出発した後は、国道210号線を走り、福岡県の久留米市に到着した。この時かなりお腹が空いていたので、一皿100円の回転すし屋に入って、800円ほど寿司を食べた。
隣のボックス席に姉弟がいたのだが、この弟が寿司を食べるたびに
「わさび辛っ!!」と言っていた。
そのたびに姉がゲラゲラ爆笑していた。
8回ほどこの姉弟が同じやりとりを繰り返した頃、一体何がそこまで面白いのかを姉に聞きたかった。
店を出た後、結局大分では何の名物も食べてなかったな。と思った。
というか未だに大分の名物が何なのかよく分かってない。
お腹もいっぱいになったところで佐賀県に向かい、佐賀郊外の広大な駐車場を誇るコンビニ(ローソン)で1泊することに決めた。
その気になればこの日のうちに佐世保に帰ることはできたのだが、どうしても吉野ヶ里遺跡に行ってみたかったのでもう1泊することにした。
この日は寒さと暴走族のせいでほとんど眠れなかった。
つづく

今回の記事はかなり削りました。それでも長いかなー?
いよいよ次回は旅行記最終回です。佐賀〜佐世保篇かな?
to be continued!!
今回の記事も長いです。お暇な人は読んでみてくださいね。
大分〜佐賀篇です。
9月24日日曜日
この日は寒さのせいでほとんど眠れず、7時には完全に目が覚めてしまった。
コンビニで朝食におでんとおにぎりを購入し、駐車場の端っこのほうの縁石に腰掛け食べた。俺は早朝に外で食べる食事をなぜか異常にうまく感じてしまう。
そのコンビニで、大分県の詳しい地図を150円で購入し、8時頃由布院へと出発した。
由布院を目指し、国道210号線を進んでいたら、「湯平温泉まで3km」と書かれた看板を発見した。
地図の湯平温泉についての説明を読んでみると「のどかな温泉地で5つの共同温泉がある、村人と入浴客とのふれあいの場となっており、入湯料は100円程度」とあった。
村人とのふれあいというRPGのような体験に憧れたので寄ってみることにした。
この湯平温泉、到着してみるとまさに隠れ家的温泉地といった感じで、ノスタルジックなのんびりとした場所だった。
何よりも嬉しいことに無料の駐車場が設置されていた。
「金なんかいらん。お前の面構えが気に入った。黙って入っていきな。」
と言われた気がしたが、気のせいだった。
車を駐車し、地図で紹介されていた共同温泉へと向かった。
共同温泉は別に番台さんがいるわけでもなく、無造作に設置された集金口にお金を投入するシステムになっていた。
払っても払わなくても入れるようだったが、俺は性格上200円入れて入湯することにした。
この温泉、ものすごく作りは大雑把でシンプルなものだったが、朝風呂、貸切状態ということもあって、最高に気持ちがよかった。30分ほどぼけーっと湯船に浸かっていたと思う。
村人とのふれあいは一切なかった。

その後、由布院に向かう道中で、タオルが残り3枚しかないにも拘らず、この日あと4回温泉に入ろうと本気で思っていた。
まずは由布院温泉、貴様に入ってやる。
今思えばこの高飛車な態度がよくなかった。
由布院には11時前には到着したのだが、九州一の観光地だけあって人が溢れかえっていた。
どの駐車場も満車。満車。マンセー。
めんどくさくなってきた俺は、由布院は過去に何度か来たことあるしもういいや、素通りしようと考えた。
この時、1日で5箇所の温泉に入ろうなんていう、しずかちゃんが立てそうな計画も捨て去った。
テクマクマヤコンテクマクマヤコン
俺はジャイアン。風呂嫌い。
とりあえず由布院に来た証拠として由布院駅で写真を撮ってみた。(車を降りれる状況じゃなかったので車中から撮影)

ふと、パチンコ屋の看板のパの部分を隠した写メールを友達に送りたくなって、由布院駅近くのパチンコ屋の駐車場に車を駐車したら、ヤクザと思われる二人の男から、ここは私有地や。観光客は有料駐車場に駐車しろバカヤロー。と怒られた。
別に俺は由布院を観光するためにパチンコ屋の駐車場に車を止めた訳じゃなかったが、説明するのもめんどくさかったし、説明したら殴られると思ったのですぐに謝り、その場を離れた。
では由布院さようなら。またいつか会えたらいいね。とか思いながら素通りしていたら
「山下清原画展開催中。由布院夢美術館200m先右折」と書かれた看板を発見した。看板をよく発見する日である。
山下清?裸の大将やん!とテンション昇竜拳になった俺は、もう200m先を右折することしか考えてなかった。
もしかしたら芦屋雁之助展と勘違いしていたのかもしれない。
その後30分ほどで、運よく駐車場に駐車することができ、早速由布院夢美術館へと向かった。入場料(600円?)を支払い、美術館の中に入るといきなり貼り絵の山下清自画像が迎えてくれた。

貼り絵の芸術性の高さとか色使いの素晴らしさは俺にはさっぱり分からなかったが、清さんがイメージ通りのランニングシャツで坊主だったことが嬉しかった。
この美術館では絵画だけでなく、清の書いた放浪記から抜粋をした山下清エピソードなども多く紹介されており、なかなか楽しめた。
清は召集令状が来るのが怖くて、大嘘をつきながら放浪の旅をしていたそうだ。
「父は3年前に死んで、母は風邪をこじらせ3日病んでポックリ死んだ。兄弟もない独り身で、母さんが死ぬときに、清やもうじき母さんは死んでしまうからお前はよそへ行って使ってもらえ。腹が減ったらよその家でおむすびをもらって食べろ。と言って死んだのでおむすびをください」
と言うのが放浪中の物乞いの枕詞だったらしい。当時両親は健在だったそうで、嘘をつくのにこれっぽちの罪悪感もない男だったそうだ。
さすが清さん。自分には正直。
他にもこんなエピソードが紹介されていた。
清は甲府の駅でお客さんを笑わせようとしてキンタマを出して
「どうして大人になるとキンタマにたくさん毛が生えるんだろう?」って言ったらしい。
いきなりキンタマを目の前に出された客は笑って驚いていたそうだ。
しかし、その隣の客が
「それは人に見せるものではない、みっともなくて笑われるぞ」と注意してきたらしい。
すると何を勘違いしたのか清は「笑ってくれるのは面白い」と言って、他の人にもキンタマを見せまくって警官に捕まったらしい。
俺はますます清さんが好きになったよ。
有名な花火等の貼り絵も感動したが、クレパスで書いた金魚や版画も素晴らしかった。
さすが放浪の天才画家、日本のゴッホと称されるだけはあると思った。
その後、山下清の作品を見れた感動の余韻を残しつつ、由布院を出発することにした。
駐車場で、さてどこに行こうか?と朝購入した観光案内付きの地図を見ながら考えた結果、宇佐市にある大乗院という寺に鬼のミイラを見に行くことにした。
俺は昔からUMA(未確認生物)に深く興味があり、真剣に将来UMAハンターになろうかと考えたこともあったほどだ。
そんな俺は鬼のミイラを見るために2時間ほど国道500号線を北上した。
大乗院の場所は至極分かりにくく、おそらくこの近所だろうという場所までは行けるのだが、そこから先の細かい道が全く分からなかった。
近くのコンビニで「鬼のミイラはどこですか?」と恥ずかしい質問をしてようやく到着することができた。
大乗院へと続く石階段を登っているとき、期待で胸がいっぱいだったが、上段へと足を進めるにつれ不安でいっぱいになっていった。
さぁついに着いた!あっ!ここ前に来たことある!
どっぱっぱー!!
以前に家族で来たことがある場所だった。寺に着いてはっきりと思い出した。本当は階段を登っているときに気付いていた。気付いて気付かないふりをしていた。
以前に何をしに来たかって?
鬼のミイラを見にきたんよ。
しかもその時はツアーか何かで来てて、バスガイドさんが
「この鬼のミイラは最近までは鬼と信じられていましたが、近年、大学で徹底的に検証してみた結果、真っ赤な偽物であることが判明しました。本体は巨人症の女性で、角や大腿骨などは獣の骨を加工してくっつけてるそうです。」
と言っていた。
今ならこのバスガイドに説教してやりたい。
当時の俺がこの解説を聞いてどれほど悲しかったことか。
ねぇ、お父さん、鬼はいないの?鬼のミイラは嘘だったの?ねぇお父さん。・・・・答えてよ!今日は鬼のミイラ見に行くって言ったじゃないか!でもこのミイラは偽物なんでしょ?・・・・わーーん!!
そんな寺を、時を超えてまた訪れてしまった俺はかなりのマヌケ野郎だと思う。
せっかくなので鬼のミイラに手を合わせ、そそくさとその場を立ち去った俺は、過去の苦い記憶をひしひしと思い出していた。
この時、なぜか無性にエロ本が読みたくなったが、これは鬼の呪いだと思う。
全ての雑念を振り払い、今度こそは行ったことのない大分の名所を目指すことにした。
地図を確認して、佐賀に向かう途中にある「青の洞門」という場所に行くことに決定し、国道212号線を1時間ほど走らせた。
「青の洞門」とは、かつて断崖絶壁を危険を冒して渡っていた時代に、多くの転落者が出ることを憐れんだ僧侶・禅海和尚がノミと槌だけで断崖に彫りぬいた道(トンネル)のことらしい。
この和尚、1734年から30年の歳月を費やして185mのトンネルを貫通させたそうだ。
すごいと思う。30年間もずっとトンネル掘り続ける根性がものすごい。
「和尚、そんな馬鹿げた計画もうおやめください、お体に触ります!」
「うるせー珍念!俺にはこれしかねーんだよ!女房は逃げた!博打は負けた!うぉー!カツーン!カツーン!」
そんな30年。
青の洞門の中を歩いた後、絶景とされる洞門外の景色を見学した。

中国の景色のような壮観は好きなのだが、水場が子供の遊び場になっており、ちょっとがっかりした。
さて、もう時間も夕方に差し掛かっており、そろそろ温泉を探そうと思い、国道212号線を走らせ、大分県日田市の琴ひら温泉に入ることにした。
この温泉もかなりの隠れ家的な温泉で、入湯料は700円と今までで一番高かったが、川がすぐ横を流れる、眺めのいい露天風呂だった。

この写真は全裸で撮ったのでブレてます。
琴ひら温泉入浴後、従業員から入湯券の半券を見せればソフトクリームが100円で買えるよ。と言われたので購入したが、身体がみるみる冷えて後悔した。
コーヒー牛乳を飲めばよかった。
温泉を出発した後は、国道210号線を走り、福岡県の久留米市に到着した。この時かなりお腹が空いていたので、一皿100円の回転すし屋に入って、800円ほど寿司を食べた。
隣のボックス席に姉弟がいたのだが、この弟が寿司を食べるたびに
「わさび辛っ!!」と言っていた。
そのたびに姉がゲラゲラ爆笑していた。
8回ほどこの姉弟が同じやりとりを繰り返した頃、一体何がそこまで面白いのかを姉に聞きたかった。
店を出た後、結局大分では何の名物も食べてなかったな。と思った。
というか未だに大分の名物が何なのかよく分かってない。
お腹もいっぱいになったところで佐賀県に向かい、佐賀郊外の広大な駐車場を誇るコンビニ(ローソン)で1泊することに決めた。
その気になればこの日のうちに佐世保に帰ることはできたのだが、どうしても吉野ヶ里遺跡に行ってみたかったのでもう1泊することにした。
この日は寒さと暴走族のせいでほとんど眠れなかった。
つづく

今回の記事はかなり削りました。それでも長いかなー?
いよいよ次回は旅行記最終回です。佐賀〜佐世保篇かな?
to be continued!!
2006.10.12
九州一周旅行(5日目)
久しぶりの更新になってしまいました。
最近は皆さんのところにも遊びに行けずすみません。
今回は宮崎〜大分篇です。
9月23日土曜日
朝10時半に暑さで目が覚めたので、とりあえずコインランドリーを出発して、10号線を走ってみた。
このまま行ったら宮崎も熊本と同様に素通りしてしまう、地鶏を食べねば。と考えた俺はコンビニに入り、おにぎりとお茶を買い、店員さんに、宮崎県の名所でおすすめの場所はないですか?と尋ねてみた。
店員さんは、うーん・・・日南市にあるモアイ像とか、綾町にある大吊り橋とか・・西都市にある古墳群とかも有名かな?あっ最近日向市の岬にあるクルスの海ってとこに行ったら願いが叶うって言われてるわよ。と教えてくれた。
悩んでる割にはたくさんの名所を挙げられたので、車から地図を持ってきて位置を確認させてもらったところ、この店員さん、北から南に縦横無尽に観光名所を挙げていたようで、日南市と日向市なんて130kmくらい離れていた。
これ全て回っていたら宮崎にもう1泊することになるなと思ったので、綾町の大吊り橋と日向岬に目標を絞って行動することに決定した。
本当はモアイ像も見たかったが、日南市はそのコンビニの位置から70kmも逆走しなければならなかったのでやめておいた。
所詮はイースター島のパクリじゃ、そんなもん。と自分に言い聞かせ、まずは綾町の大吊り橋を目指したのだが、綾町は地図で見ても国道からかなり外れた場所にあり、綾町へ向かう道を見つけるのに心底苦労をした。
至る場所のコンビニの店員に道を尋ね、いらない物をたくさん買ってしまった。
今思えばこの時、県道も載っている地図を買えばよかった。(俺が初日に買った地図は国道しか載っていない)
綾町には14時頃着いた。「ようこそ、国指定の自然休養の町、綾へ」という看板が立っていた。
道なりに車を走らせていると、どんどん大自然の中へと入って行った(道は舗装されている)。どうやら国定の自然公園の中へ入ったようだった。
俺は景色の虜になった。
一人で、すげー!すげー!綾すげー!と叫んでいた。そのくらい綺麗な景色だった。どうも俺は自然の景色を見るのが好きらしい。
14時半頃、ついに大吊り橋の場所に到着した。正式には綾町照葉樹林自然公園内にある照葉大吊橋(てるはおおつりばし)という橋なのだそうだ。
この吊り橋、高さ142m、長さ250mの吊り橋で歩道吊り橋としては世界最大級、日本最大のものらしい。
駐車場に車を止め、入場料300円を支払い公園に入った俺はその吊橋の高さに驚愕した。
吊橋の上を歩いているときは、高所恐怖症というわけでもない俺も冷や汗をかいた。しかし、橋からの景色は絶景で、恐怖やら感動やらで、色んな物質が脳内分泌された気がする。
ここで、こんな話を思い出した。
大きなコンクリートでできた橋の上で異性に告白した場合と、頼りない吊り橋の上で告白した場合では、圧倒的に吊り橋の上で告白したほうが成功率が高いらしい。
これは不安定な吊り橋の上で感じた恐怖感を性的な興奮と錯覚するからだそうだ。
みんな吊り橋へ急げ!

↑吊り橋上で撮った写真
吊り橋を渡り終え、逆走してまた吊り橋を渡って帰ってもよかったのだが、せっかくなので対岸にあった約2kmの自然遊歩道を歩いてみることにした。
「ヘビもヒルも出ます」という注意書きがしてあったが見なかったことにして進んだ。
その3分後、ヘビが足元を這っていた。
死ぬほど怖かったが無視してやった。
この遊歩道はかなりの曲者で、景色の素晴らしさとは裏腹にアップダウンが激しく、足が、みゅーみゅー!と可愛らしく悲鳴を上げていた。
この国定公園、植物の種類の違いはあるものの、屋久島にかなり類似するところがあったと思う。

16時頃に吊り橋の元を離れ、吊り橋のすぐ近くにあった、川の駅という場所(道の駅の川バージョン?)で地鶏を食べることにした。
川の駅内で「舟で料理が流れてくる郷土料理 綾の里」という意味不明な看板を見つけたので、その店に入ることにした。
当然、地鶏定食を注文したのだが、その時も店員さんが、料理は舟で流れてきます。と言っていた。
5分後、本当に料理が舟に乗って部屋の端にある運河?を流れて登場した。アホくさくて笑ってしまった。(ムービーまで撮った)

この運河には小さな鯉がたくさん泳いでいて、見ていて飽きなかった。店員さんが、実は1匹だけサメが泳いでるんですよ。と言ったので血眼になって探したが見つからなかった。
というかサメって海水魚やないん?もしかして俺がサメを探す姿を見て影で笑われよったんやろか?
うーん・・・。
地鶏定食は1900円で、焼き鳥、たたき、玉子スープ、ご飯のセットだった。

この定食が死ぬほどおいしかった。おそらく今回の旅で一番おいしかった料理だったと思う。
ホンジャマカやパパイヤ鈴木がこれを食べたらきっとこう言うと思う。
うまい!!ってね。
腹ごなしも済んで、さぁ日向岬行くか!と思ったのだが、時間はすでに17時過ぎ。日向市に着く頃にはおそらく真っ暗で海なんて行っても何も楽しくないだろうなと思い、目標を大分市に変更した。
帰宅ラッシュに巻き込まれたこともあって、20時を回った時点で大分市まで100kmもの道のりが残っていた。
この頃になると、とにかくお風呂を探さねば、という焦りが出てくる。大分県に入りさえすれば地面を掘れば温泉が湧くはず。と考え、とにかく急いで大分県を目指すことにした。
21時半頃、大分県の佐伯市に着いたが、温泉が見つからない。
22時10分についに温泉を発見した。まだ入れますか?と聞いてみたところ22時15分受け付け終了ですと言われた。
5分前!ウルトラソウル!!
入湯料500円を支払い、高いテンションでウハウハで風呂場に向かったら男湯におばさんがいた。
この変態め!通報してやる!と思ったが、清掃のおばちゃんだったらしい。清掃のおばちゃんなら男湯に入っていいという意味もよく分からないが、おばちゃんのことは気にせんでね。と言われたので気にしないことにした。
風呂の中は俺の貸切状態だった。つまり俺の風呂だった。
先日とは違い、シャンプーもボディーソープも置いていたので存分に身体を洗い、色んな温泉に入った。
普段、サウナは苦手な俺だが、サウナの中のテレビで「電車男」のスペシャルをやっていたので入ってみた。かなり後半からしか見てないので内容はよく分からなかったが、最後まで見て感動して泣いてしまった。
23時半に、おばちゃんからもう営業時間終わりです。と言われたので風呂から上がり、自販機で売っていたセブンティーンアイスのチョコミントを食べた。
なぜコーヒー牛乳を飲まないんだ俺は!
その後、駐車場で少し涼み、大分市に向け再出発し、1時に到着した。
大きな駐車場のあるコンビニ(ファミリーマート)を見つけ、その駐車場の端っこで寝ることにした。
確かこの日は夜中3時くらいまで槇原敬之の「もう恋なんてしない」をエンドレスリピートで聴きながらメールをしていたと思う。
お湯が沸いたけど紅茶の在り処が分からないっていう歌。
メールを終えた後は浅い眠りについた。
つづく

今回の記事は実は1回消えました。気が狂いそうでした。
to be continued!! 次回は大分〜佐賀篇です。
最近は皆さんのところにも遊びに行けずすみません。
今回は宮崎〜大分篇です。
9月23日土曜日
朝10時半に暑さで目が覚めたので、とりあえずコインランドリーを出発して、10号線を走ってみた。
このまま行ったら宮崎も熊本と同様に素通りしてしまう、地鶏を食べねば。と考えた俺はコンビニに入り、おにぎりとお茶を買い、店員さんに、宮崎県の名所でおすすめの場所はないですか?と尋ねてみた。
店員さんは、うーん・・・日南市にあるモアイ像とか、綾町にある大吊り橋とか・・西都市にある古墳群とかも有名かな?あっ最近日向市の岬にあるクルスの海ってとこに行ったら願いが叶うって言われてるわよ。と教えてくれた。
悩んでる割にはたくさんの名所を挙げられたので、車から地図を持ってきて位置を確認させてもらったところ、この店員さん、北から南に縦横無尽に観光名所を挙げていたようで、日南市と日向市なんて130kmくらい離れていた。
これ全て回っていたら宮崎にもう1泊することになるなと思ったので、綾町の大吊り橋と日向岬に目標を絞って行動することに決定した。
本当はモアイ像も見たかったが、日南市はそのコンビニの位置から70kmも逆走しなければならなかったのでやめておいた。
所詮はイースター島のパクリじゃ、そんなもん。と自分に言い聞かせ、まずは綾町の大吊り橋を目指したのだが、綾町は地図で見ても国道からかなり外れた場所にあり、綾町へ向かう道を見つけるのに心底苦労をした。
至る場所のコンビニの店員に道を尋ね、いらない物をたくさん買ってしまった。
今思えばこの時、県道も載っている地図を買えばよかった。(俺が初日に買った地図は国道しか載っていない)
綾町には14時頃着いた。「ようこそ、国指定の自然休養の町、綾へ」という看板が立っていた。
道なりに車を走らせていると、どんどん大自然の中へと入って行った(道は舗装されている)。どうやら国定の自然公園の中へ入ったようだった。
俺は景色の虜になった。
一人で、すげー!すげー!綾すげー!と叫んでいた。そのくらい綺麗な景色だった。どうも俺は自然の景色を見るのが好きらしい。
14時半頃、ついに大吊り橋の場所に到着した。正式には綾町照葉樹林自然公園内にある照葉大吊橋(てるはおおつりばし)という橋なのだそうだ。
この吊り橋、高さ142m、長さ250mの吊り橋で歩道吊り橋としては世界最大級、日本最大のものらしい。
駐車場に車を止め、入場料300円を支払い公園に入った俺はその吊橋の高さに驚愕した。
吊橋の上を歩いているときは、高所恐怖症というわけでもない俺も冷や汗をかいた。しかし、橋からの景色は絶景で、恐怖やら感動やらで、色んな物質が脳内分泌された気がする。
ここで、こんな話を思い出した。
大きなコンクリートでできた橋の上で異性に告白した場合と、頼りない吊り橋の上で告白した場合では、圧倒的に吊り橋の上で告白したほうが成功率が高いらしい。
これは不安定な吊り橋の上で感じた恐怖感を性的な興奮と錯覚するからだそうだ。
みんな吊り橋へ急げ!

↑吊り橋上で撮った写真
吊り橋を渡り終え、逆走してまた吊り橋を渡って帰ってもよかったのだが、せっかくなので対岸にあった約2kmの自然遊歩道を歩いてみることにした。
「ヘビもヒルも出ます」という注意書きがしてあったが見なかったことにして進んだ。
その3分後、ヘビが足元を這っていた。
死ぬほど怖かったが無視してやった。
この遊歩道はかなりの曲者で、景色の素晴らしさとは裏腹にアップダウンが激しく、足が、みゅーみゅー!と可愛らしく悲鳴を上げていた。
この国定公園、植物の種類の違いはあるものの、屋久島にかなり類似するところがあったと思う。

16時頃に吊り橋の元を離れ、吊り橋のすぐ近くにあった、川の駅という場所(道の駅の川バージョン?)で地鶏を食べることにした。
川の駅内で「舟で料理が流れてくる郷土料理 綾の里」という意味不明な看板を見つけたので、その店に入ることにした。
当然、地鶏定食を注文したのだが、その時も店員さんが、料理は舟で流れてきます。と言っていた。
5分後、本当に料理が舟に乗って部屋の端にある運河?を流れて登場した。アホくさくて笑ってしまった。(ムービーまで撮った)

この運河には小さな鯉がたくさん泳いでいて、見ていて飽きなかった。店員さんが、実は1匹だけサメが泳いでるんですよ。と言ったので血眼になって探したが見つからなかった。
というかサメって海水魚やないん?もしかして俺がサメを探す姿を見て影で笑われよったんやろか?
うーん・・・。
地鶏定食は1900円で、焼き鳥、たたき、玉子スープ、ご飯のセットだった。

この定食が死ぬほどおいしかった。おそらく今回の旅で一番おいしかった料理だったと思う。
ホンジャマカやパパイヤ鈴木がこれを食べたらきっとこう言うと思う。
うまい!!ってね。
腹ごなしも済んで、さぁ日向岬行くか!と思ったのだが、時間はすでに17時過ぎ。日向市に着く頃にはおそらく真っ暗で海なんて行っても何も楽しくないだろうなと思い、目標を大分市に変更した。
帰宅ラッシュに巻き込まれたこともあって、20時を回った時点で大分市まで100kmもの道のりが残っていた。
この頃になると、とにかくお風呂を探さねば、という焦りが出てくる。大分県に入りさえすれば地面を掘れば温泉が湧くはず。と考え、とにかく急いで大分県を目指すことにした。
21時半頃、大分県の佐伯市に着いたが、温泉が見つからない。
22時10分についに温泉を発見した。まだ入れますか?と聞いてみたところ22時15分受け付け終了ですと言われた。
5分前!ウルトラソウル!!
入湯料500円を支払い、高いテンションでウハウハで風呂場に向かったら男湯におばさんがいた。
この変態め!通報してやる!と思ったが、清掃のおばちゃんだったらしい。清掃のおばちゃんなら男湯に入っていいという意味もよく分からないが、おばちゃんのことは気にせんでね。と言われたので気にしないことにした。
風呂の中は俺の貸切状態だった。つまり俺の風呂だった。
先日とは違い、シャンプーもボディーソープも置いていたので存分に身体を洗い、色んな温泉に入った。
普段、サウナは苦手な俺だが、サウナの中のテレビで「電車男」のスペシャルをやっていたので入ってみた。かなり後半からしか見てないので内容はよく分からなかったが、最後まで見て感動して泣いてしまった。
23時半に、おばちゃんからもう営業時間終わりです。と言われたので風呂から上がり、自販機で売っていたセブンティーンアイスのチョコミントを食べた。
なぜコーヒー牛乳を飲まないんだ俺は!
その後、駐車場で少し涼み、大分市に向け再出発し、1時に到着した。
大きな駐車場のあるコンビニ(ファミリーマート)を見つけ、その駐車場の端っこで寝ることにした。
確かこの日は夜中3時くらいまで槇原敬之の「もう恋なんてしない」をエンドレスリピートで聴きながらメールをしていたと思う。
お湯が沸いたけど紅茶の在り処が分からないっていう歌。
メールを終えた後は浅い眠りについた。
つづく

今回の記事は実は1回消えました。気が狂いそうでした。
to be continued!! 次回は大分〜佐賀篇です。
2006.10.06
九州一周旅行(4日目)
今回こそはコンパクトにまとめようかと思っていますが、書いてみなけりゃ分かりません。おそらく長いです。正直言うとコンパクトにする気なんてさらさらないです。それでも、読んでやろうじゃねーかこの野郎!という方だけ読んでみてください。
屋久島〜鹿児島〜宮崎篇です。
9月22日金曜日
朝7時におじさんが部屋に入ってきて
おーい、港に行くんじゃろ?起きて起きて。と言ってきた。
俺はすぐに飛び起きて、寝ぼけながら、おはようございます、お世話になります。と挨拶をした。
寝ぼけてても挨拶が完璧なところが俺っぽいね。は?
勝手に部屋に入ってくるところも何か屋久島っぽいなぁーと思った。
用意なんて着替えて歯を磨くくらいだったので10分もかからなかった。
フェリーの出航時間は8時20分だったので、民宿を7時30分に出発すれば余裕で間に合うはずだったが、おじさんがすでに準備OKって顔をしていたので意見なんてできるはずもなく7時15分には民宿を出発した。
おじさんは屋久島唯一の高校とかを俺に見せたかったらしい。
ここは頭の悪いやつしか通わん高校よ。俺の息子もこの高校の出身よ。がはははは。と言っていた。
この高校はガジュマルの木に覆われていたのが印象深い。もちろん敷地内までは入っていない。
そんな感じでおじさんはわざと町の中を通ってくれたりした。
パチンコ屋の前で、ここは全く玉が出らんパチンコ屋よ。と紹介してくれた。へぇーそうなんですかー。と言うしかなかった。
俺はそんなおじさんをもっと好きになった。
しかし、港に着いての別れ方は簡素だった。
俺が車を降りたら、おじさんは、じゃあな。と一言だけ言って去って行った。
別れ際に多くを語らない彼の行動に男臭さを感じた。勝手にぐっときてしまった。
港に着いたのは7時40分くらいだった。フェリーの出航時間にはまだ余裕があったので、俺は港の観光案内所に屋久島のパンフレットをもらいに行った。
帰る直前にパンフレットを見てみて、俺が行ってない観光名所の多さに愕然とした。温泉もあったようだ。
次は海がめの産卵が見れる夏に1週間くらい滞在しようと心に誓った。
その後、俺と同じパンフレットを見ながら観光案内所前でキャーキャー言ってたお姉さん2人組に話しかけてみた。
その二人はたった今フェリーはいびすかすに乗って屋久島に到着したと言っていた。
俺が1泊だけで帰ると言ったら呆れていた。何を見たの?と聞かれたのでヤクスギランドに行ったと言ったら笑われた。
やはりヤクスギランドという名前は考え物だな、と思った。
よく話を聞いてみると二人は鹿児島大学の3年生で俺よりも年下で、これから屋久島に1週間滞在すると言っていた。
悔しかったので今日から1週間雨だよ。と言ってやった。
その後、俺はフェリーに乗り込んだ。8時を回っていたので、お世話になったおばあちゃんに電話をかけてお礼を言った。
おばあちゃんは、今日孫の中学校で運動会があるからお兄さん一緒に応援しませんか?うちに泊まって行ってくださいよ、料理作りますよ。と言ってくれたが、もうフェリーに乗り込んでいたし、そこまで甘えるわけにもいかないと思ったので丁寧に断った。
通話後、金曜日に運動会を開催しているのは先週の日曜日が雨で延長になったからかな?など、どーでもいいことが気になった。
フェリーが出航してから屋久島名物を何一つ食べてなかったことに気付いた俺は、名物の首折れ鯖と屋久島うどんが無性に食べたくなった。
というか今回の旅を振り返ってみてもまだ何の名物も食べていない。
バイト先に買ったお菓子を食ってやろうかとも考えたがさすがにそれはやめておいた。
この時、鹿児島では絶対に黒豚のとんかつを食べると心に決めた。
フェリーはいびすかすは、行きと同様に種子島に寄港し、鹿児島の谷山漁港に着いたのは14時40分だった。
港に着くと早速ミラジーノと感動の再会をし、黒豚のとんかつが食べれる店を探すことにした。
15時半頃、鹿児島中央駅付近の100円パーキングに車を止め、鹿児島の繁華街をひたすら練り歩きながら定食屋を探していたら、雑誌記者と思われる男からこんな質問をされた。
「すみません、今雑誌の企画でアンケート取ってるんですけど、あなたが彼女にするなら長澤まさみと綾瀬はるかと沢尻エリカの三人のうち誰ですか?」
何この難問?
うーん・・・・長澤まさみのに微笑まれたら死んでしまうかもしれんけど、性格がいいのは綾瀬はるからしいしなー。沢尻エリカも捨てがたい。この中で誰が一番面白いんやろうか?うーん・・・・
1分くらい考えた結果、俺地元の人間じゃないので。と言って答えを出さなかった。鼻くそやね。
今思えば長澤まさみと答えておけばよかったなぁ。もうどーでもいいや。
さらに歩いていたら大久保利通の銅像を見つけたので写真を撮ってみた。

この人が一体何をした人なのかよく覚えてないが日本史で出てきていたことは覚えていた。おそらく偉い人だろう。
その後、裏通りに入ったところにあったさつま揚げ屋でさつま揚げセット(500円)を買った。こういうものは裏道にある店のほうがうまい様な気がするのは俺だけだろうか?
この店の店員さんに、さつま揚げは普通の天ぷらと何が違うんですか?と聞いてみたら
・・・・・衣が・・・ない?と逆に質問された。
知らんよ。と思った。
その後も黒豚を取り扱っている定食屋を探すのに悪戦苦闘したが、繁華街から少し外れた場所に雰囲気の良さそうな小料理屋を発見したので入ることにした。(黒豚とんかつというのぼりが立っていた)
店内に入り、早速とんかつ定食を注文しようとメニューを見たらとんかつ定食の値段が2300円だった。
た、高けーー!!ほとんど民宿泊まれる値段やねーか!!と思ったが、以前呼子に名物のいかを食べに行ったときも異常に高かったので、特産品というのは案外高いものなんだろうな、と考えを改め注文することにした。

確かに美味しかったが、味音痴な俺にはいつも食べてるとんかつとの違いがさほど分からなかった。すまん、黒豚。
食後は、車に乗り込み温泉探しをすることにした。亀乃湯温泉のお姉さんからもらっていた銭湯マップを見て、一番でかくて綺麗な温泉に入ろうと思った。
温泉を探している途中で急に眠気に襲われたので、港の無料駐車場に車を止め、少々仮眠をとった。
仮眠後、ミラジーノにガソリンを入れたついでにスタンドのお兄さんに温泉のことを尋ねてみた。
すると、すぐ近くに大きくて綺麗な温泉銭湯があるよ。と言って、丁寧に道を教えてくれた。感謝感激雨嵐
言われた通りに進むと、言われた通りの大きくて綺麗な温泉銭湯があった。
『露天風呂薩摩 いろはの湯』という巨大な温泉銭湯だった。
到着した時間は20時くらいだったと思う。
入湯料の360円を支払い、風呂場へと入ったときに気付いたのだが、大きくてもここは銭湯なのでシャンプーと石鹸は置いてないようだった。
しまった!今夜は石鹸すら持っていない!どうしよう?と思ったが、周りにはシャンプー持ってる人が大勢いたので、すぐに隣のおじさんにシャンプーを1プッシュ分けてくれませんか?と頼んででみた。
図々しいが仕方ない。
おじさんは、いいよいいよ、ボディーソープも好きに使ってよ。と言ってくれた。俺が小鳥なら一生肩に止まっててあげてもいいよと思った。
感謝の気持ちいっぱいでお礼を言ってシャンプーを分けてもらったのだが、おじさんのシャンプーはトニックシャンプーだった。
ひょーーーーーう!!と叫びたくなるほどスースーした。
身体を洗ってるときに、鏡に向かってバキューンッ!とかやって顔を作るナルシストのガキを発見した。この子を見たとき大物になると確信したがサインをもらうのはやめておいた。
湯船には2時間くらい浸かっていた。露天風呂だけで4種類くらいあって、色々なお湯に浸かった。気持ちよかったー。
風呂上りに売店でアクエリアスを買って飲んだのだが、未だにこの時コーヒー牛乳を買わなかったことを後悔している。
その後、いろはの湯の駐車場で友達から電話がかかってきたので1時間ほど話した後、宮崎に向けて移動を開始した。
道を進んでると西郷隆盛像まで1.2kと書かれた看板を発見した。
西郷どんは上野だけでなく本家鹿児島にもやっぱりいたんだな、と嬉しくなったので行ってみることにした。
西郷どんの銅像の置かれている公園?の近くのコンビニでアイスを購入し、西郷どんを見ながらアイスを食べた。
しかし、真っ暗だったため、西郷どんの顔は全く見えなかった。軍服を着て、たくさんの植物に囲まれていた。
しばらくその場で友達とメールしていたら、その友達がアイスの画像を送ってきたので俺はもう一度アイスが食べたくなった。結局2個目を購入して食べた。全く!
その後は国道10号線をひたすら走り、宮崎市を目指した。途中で車を止め、友達と電話で話したのを覚えている。
一人旅をしていると友達からの電話やメールが普段の3倍くらい嬉しく思えた。
深夜2時頃、宮崎市に到着し、寝床(駐車場)探しを開始したら、10号線沿いに24時間営業のコインランドリーを発見した。
ちょうど着るTシャツがなくなってきていたところだったので、今までの洗濯物を全て洗うことにした。
ラッキーなことに半額キャンペーンをやっていて、通常400円のところを200円で洗えた。
洗濯している間ものすごく暇だったので、地図を見て面白い地名がないか探してみたが、特になかった。ほよよ。
洗濯が終わり、続いて、乾燥機を使って衣類を乾かした。30分でよかったと思うが、生乾きが大嫌いなので40分ほど回してみた。
このコインランドリーにかかっていた時計は午前4時にミッキーマウスマーチが流れ、5時にホールニューワールドが流れていた。
しかし時計のデザインは全くディズニーと関係がなかった。
午前6時には一体何の音楽が流れるのかものすごく気になったが、限界だと思ったので、乾燥機が止まったら、服をたたんで、すぐに車に戻り眠りについた。このコインランドリーの駐車場が今回の旅のベストオブ就寝駐車プレイスだった。

つづく

to be continued!! 次回は宮崎〜大分篇です。
屋久島〜鹿児島〜宮崎篇です。
9月22日金曜日
朝7時におじさんが部屋に入ってきて
おーい、港に行くんじゃろ?起きて起きて。と言ってきた。
俺はすぐに飛び起きて、寝ぼけながら、おはようございます、お世話になります。と挨拶をした。
寝ぼけてても挨拶が完璧なところが俺っぽいね。は?
勝手に部屋に入ってくるところも何か屋久島っぽいなぁーと思った。
用意なんて着替えて歯を磨くくらいだったので10分もかからなかった。
フェリーの出航時間は8時20分だったので、民宿を7時30分に出発すれば余裕で間に合うはずだったが、おじさんがすでに準備OKって顔をしていたので意見なんてできるはずもなく7時15分には民宿を出発した。
おじさんは屋久島唯一の高校とかを俺に見せたかったらしい。
ここは頭の悪いやつしか通わん高校よ。俺の息子もこの高校の出身よ。がはははは。と言っていた。
この高校はガジュマルの木に覆われていたのが印象深い。もちろん敷地内までは入っていない。
そんな感じでおじさんはわざと町の中を通ってくれたりした。
パチンコ屋の前で、ここは全く玉が出らんパチンコ屋よ。と紹介してくれた。へぇーそうなんですかー。と言うしかなかった。
俺はそんなおじさんをもっと好きになった。
しかし、港に着いての別れ方は簡素だった。
俺が車を降りたら、おじさんは、じゃあな。と一言だけ言って去って行った。
別れ際に多くを語らない彼の行動に男臭さを感じた。勝手にぐっときてしまった。
港に着いたのは7時40分くらいだった。フェリーの出航時間にはまだ余裕があったので、俺は港の観光案内所に屋久島のパンフレットをもらいに行った。
帰る直前にパンフレットを見てみて、俺が行ってない観光名所の多さに愕然とした。温泉もあったようだ。
次は海がめの産卵が見れる夏に1週間くらい滞在しようと心に誓った。
その後、俺と同じパンフレットを見ながら観光案内所前でキャーキャー言ってたお姉さん2人組に話しかけてみた。
その二人はたった今フェリーはいびすかすに乗って屋久島に到着したと言っていた。
俺が1泊だけで帰ると言ったら呆れていた。何を見たの?と聞かれたのでヤクスギランドに行ったと言ったら笑われた。
やはりヤクスギランドという名前は考え物だな、と思った。
よく話を聞いてみると二人は鹿児島大学の3年生で俺よりも年下で、これから屋久島に1週間滞在すると言っていた。
悔しかったので今日から1週間雨だよ。と言ってやった。
その後、俺はフェリーに乗り込んだ。8時を回っていたので、お世話になったおばあちゃんに電話をかけてお礼を言った。
おばあちゃんは、今日孫の中学校で運動会があるからお兄さん一緒に応援しませんか?うちに泊まって行ってくださいよ、料理作りますよ。と言ってくれたが、もうフェリーに乗り込んでいたし、そこまで甘えるわけにもいかないと思ったので丁寧に断った。
通話後、金曜日に運動会を開催しているのは先週の日曜日が雨で延長になったからかな?など、どーでもいいことが気になった。
フェリーが出航してから屋久島名物を何一つ食べてなかったことに気付いた俺は、名物の首折れ鯖と屋久島うどんが無性に食べたくなった。
というか今回の旅を振り返ってみてもまだ何の名物も食べていない。
バイト先に買ったお菓子を食ってやろうかとも考えたがさすがにそれはやめておいた。
この時、鹿児島では絶対に黒豚のとんかつを食べると心に決めた。
フェリーはいびすかすは、行きと同様に種子島に寄港し、鹿児島の谷山漁港に着いたのは14時40分だった。
港に着くと早速ミラジーノと感動の再会をし、黒豚のとんかつが食べれる店を探すことにした。
15時半頃、鹿児島中央駅付近の100円パーキングに車を止め、鹿児島の繁華街をひたすら練り歩きながら定食屋を探していたら、雑誌記者と思われる男からこんな質問をされた。
「すみません、今雑誌の企画でアンケート取ってるんですけど、あなたが彼女にするなら長澤まさみと綾瀬はるかと沢尻エリカの三人のうち誰ですか?」
何この難問?
うーん・・・・長澤まさみのに微笑まれたら死んでしまうかもしれんけど、性格がいいのは綾瀬はるからしいしなー。沢尻エリカも捨てがたい。この中で誰が一番面白いんやろうか?うーん・・・・
1分くらい考えた結果、俺地元の人間じゃないので。と言って答えを出さなかった。鼻くそやね。
今思えば長澤まさみと答えておけばよかったなぁ。もうどーでもいいや。
さらに歩いていたら大久保利通の銅像を見つけたので写真を撮ってみた。

この人が一体何をした人なのかよく覚えてないが日本史で出てきていたことは覚えていた。おそらく偉い人だろう。
その後、裏通りに入ったところにあったさつま揚げ屋でさつま揚げセット(500円)を買った。こういうものは裏道にある店のほうがうまい様な気がするのは俺だけだろうか?
この店の店員さんに、さつま揚げは普通の天ぷらと何が違うんですか?と聞いてみたら
・・・・・衣が・・・ない?と逆に質問された。
知らんよ。と思った。
その後も黒豚を取り扱っている定食屋を探すのに悪戦苦闘したが、繁華街から少し外れた場所に雰囲気の良さそうな小料理屋を発見したので入ることにした。(黒豚とんかつというのぼりが立っていた)
店内に入り、早速とんかつ定食を注文しようとメニューを見たらとんかつ定食の値段が2300円だった。
た、高けーー!!ほとんど民宿泊まれる値段やねーか!!と思ったが、以前呼子に名物のいかを食べに行ったときも異常に高かったので、特産品というのは案外高いものなんだろうな、と考えを改め注文することにした。

確かに美味しかったが、味音痴な俺にはいつも食べてるとんかつとの違いがさほど分からなかった。すまん、黒豚。
食後は、車に乗り込み温泉探しをすることにした。亀乃湯温泉のお姉さんからもらっていた銭湯マップを見て、一番でかくて綺麗な温泉に入ろうと思った。
温泉を探している途中で急に眠気に襲われたので、港の無料駐車場に車を止め、少々仮眠をとった。
仮眠後、ミラジーノにガソリンを入れたついでにスタンドのお兄さんに温泉のことを尋ねてみた。
すると、すぐ近くに大きくて綺麗な温泉銭湯があるよ。と言って、丁寧に道を教えてくれた。感謝感激雨嵐
言われた通りに進むと、言われた通りの大きくて綺麗な温泉銭湯があった。
『露天風呂薩摩 いろはの湯』という巨大な温泉銭湯だった。
到着した時間は20時くらいだったと思う。
入湯料の360円を支払い、風呂場へと入ったときに気付いたのだが、大きくてもここは銭湯なのでシャンプーと石鹸は置いてないようだった。
しまった!今夜は石鹸すら持っていない!どうしよう?と思ったが、周りにはシャンプー持ってる人が大勢いたので、すぐに隣のおじさんにシャンプーを1プッシュ分けてくれませんか?と頼んででみた。
図々しいが仕方ない。
おじさんは、いいよいいよ、ボディーソープも好きに使ってよ。と言ってくれた。俺が小鳥なら一生肩に止まっててあげてもいいよと思った。
感謝の気持ちいっぱいでお礼を言ってシャンプーを分けてもらったのだが、おじさんのシャンプーはトニックシャンプーだった。
ひょーーーーーう!!と叫びたくなるほどスースーした。
身体を洗ってるときに、鏡に向かってバキューンッ!とかやって顔を作るナルシストのガキを発見した。この子を見たとき大物になると確信したがサインをもらうのはやめておいた。
湯船には2時間くらい浸かっていた。露天風呂だけで4種類くらいあって、色々なお湯に浸かった。気持ちよかったー。
風呂上りに売店でアクエリアスを買って飲んだのだが、未だにこの時コーヒー牛乳を買わなかったことを後悔している。
その後、いろはの湯の駐車場で友達から電話がかかってきたので1時間ほど話した後、宮崎に向けて移動を開始した。
道を進んでると西郷隆盛像まで1.2kと書かれた看板を発見した。
西郷どんは上野だけでなく本家鹿児島にもやっぱりいたんだな、と嬉しくなったので行ってみることにした。
西郷どんの銅像の置かれている公園?の近くのコンビニでアイスを購入し、西郷どんを見ながらアイスを食べた。
しかし、真っ暗だったため、西郷どんの顔は全く見えなかった。軍服を着て、たくさんの植物に囲まれていた。
しばらくその場で友達とメールしていたら、その友達がアイスの画像を送ってきたので俺はもう一度アイスが食べたくなった。結局2個目を購入して食べた。全く!
その後は国道10号線をひたすら走り、宮崎市を目指した。途中で車を止め、友達と電話で話したのを覚えている。
一人旅をしていると友達からの電話やメールが普段の3倍くらい嬉しく思えた。
深夜2時頃、宮崎市に到着し、寝床(駐車場)探しを開始したら、10号線沿いに24時間営業のコインランドリーを発見した。
ちょうど着るTシャツがなくなってきていたところだったので、今までの洗濯物を全て洗うことにした。
ラッキーなことに半額キャンペーンをやっていて、通常400円のところを200円で洗えた。
洗濯している間ものすごく暇だったので、地図を見て面白い地名がないか探してみたが、特になかった。ほよよ。
洗濯が終わり、続いて、乾燥機を使って衣類を乾かした。30分でよかったと思うが、生乾きが大嫌いなので40分ほど回してみた。
このコインランドリーにかかっていた時計は午前4時にミッキーマウスマーチが流れ、5時にホールニューワールドが流れていた。
しかし時計のデザインは全くディズニーと関係がなかった。
午前6時には一体何の音楽が流れるのかものすごく気になったが、限界だと思ったので、乾燥機が止まったら、服をたたんで、すぐに車に戻り眠りについた。このコインランドリーの駐車場が今回の旅のベストオブ就寝駐車プレイスだった。

つづく

to be continued!! 次回は宮崎〜大分篇です。
2006.10.03
九州一周旅行(3日目)
屋久島篇です。かなり長文です。本当に暇な人だけ読んでみてください。
9月21日木曜日
早朝5時、船内に
「ただいまより、屋久島に向けて出航します」という放送が大音量で流れ、船が動き出した。
おそらくこの放送のせいで寝ていた人は全員起きたと思う。一体何考えてんだフェリーはいびすかす。
完全に目が覚めてしまったので、船内の自販機で売っていたカップヌードル(カレー)を買って食べることにした。
でもお湯が出なかった。
何考えてんだフェリーはいびすかす!と思ったが、愛想よく船員にお湯の在り処を聞いてみた。すると、船員食堂にポットがあるから使っていいよと言ってくれた。
シャゲナベイベー!!
こうして念願のカップヌードルを食べることができた。すごくおいしかった。
中学生がうらやましそうに俺のカップヌードルを見ていたことが何よりの調味料だった。
その後は何をするでもなくボーっとi-Podで音楽を聴いていた。
そして7時15分くらいにフェリーは屋久島に到着した。
屋久島に到着するやいなやおばあちゃんが「じゃあ車のとこに行きましょう」と話しかけてきた。
本当にありがたい、半信半疑だったが、どうやら本当に車で送ってくれるらしい。
車両貨物室にあったおばあちゃんの車(2ドアの軽自動車)に乗り込み、俺は屋久島の地に降り立った。(正確にはまだ降りても立ってもない)
俺は屋久島ってのは杉の木しかなくて人はほとんど住んでいないイメージを冗談抜きで持っていたため、舗装された道路や町並みに驚いた。港を降りてすぐに屋久杉が見れると思っていた自分が恥ずかしくなった。
おばあちゃんはかなり運転が荒く、港で何度も人を轢きそうになっていた。
20分後、おばあちゃんの知り合いが経営する民宿に到着した。
これで屋久杉生息地域に少しは近づいたようだったが、屋久杉を見るためにはまだまだ移動しなくてはならないようだった。
民宿にはおじさんとおばさんがいておばあちゃんが話をしてくれたら、じゃあ1泊2500円でいいよ、と通常3500円のところを千円まけてくれた。本当にありがたい。
おばあちゃんとはこの時電話番号を交換して別れた。
何か困ったことがあったらいつでも連絡してね、と嬉しいことを言ってくれていたが、民宿は圏外だった。
民宿は「山海荘」という贅沢な名前だったがボロかった。トイレが薄暗くて朝でも本当に怖かった。
荷物を部屋に置いて、早速屋久杉を見に行こうと思ったのでおじさんに屋久杉はどこに行けば見れますか?と尋ねた。
するとおじさんはバス会社に電話してくれてバスの時間を調べてくれた。本当に優しい!俺が金髪美女ならサンクス!サンクス!と言ってキスしまくるところだった。
おじさんの話では8時17分のバスに乗って、合同庁舎前で一回降りて、そこから紀元杉行きのバスに乗り換えれば杉の木が見れるということだった。バス停は民宿から歩いて30秒のとこにあったので、8時10分まで部屋でボーっとしていた。
おじさんにいってきます!と元気よく挨拶して民宿を出発し、バスに乗り込んだ俺は、運転手さんの優しさにびっくりした。
「お客さん、杉の木を見に行くんでしょ?じゃあ合同庁舎前で乗り換えになるから480円用意しておいくださいね。小銭ありますか?1万円、5千円、2千円札は両替できないから早めに言ってくださいね。私が千円札と交換しますから」と話しかけてきた。
ありがとうございます、大丈夫です、小銭あります。と答えると、では出発します。と言ってバスが動き出した。
度肝を抜かれた。
30分後、合同庁舎前に到着したら、運転手さんが紀元杉行きのバスは9時25分発だからね。と教えてくれた。
30分以上何もすることがなかったので合同庁舎の写真を撮ってみた。

9時25分に紀元杉行きのバスに乗りこんでからは屋久島の自然に圧倒されっぱなしになった。どんどん山道に進んで走るバスの前に野生の猿が続々と姿を現し始めた。
このバスの運転手さんも市営バスの運転手とは思えないほどよく話す人で、バスガイドいらずだった。
「はい、この猿が屋久島にしか生息していないヤクザルです。今発情期なんですよね。お客さん達は今日ヤクザルに幾度となく出くわすかもしれませんが絶対に餌をやらないでくださいね。餌をあげると猿が人間の食べ物の味を覚えてしまって畑を荒らすようになるんですよ。そのせいで毎年200匹以上もの猿が殺されてます。猿のためを思うなら餌をやらないでください。」
という説明をバスを停車させてまで話していた。

そんな感じで、あの山は○○山と言って標高が○○メートルあるとかずっと話してくれていた。景色のいい場所では完全に右車線に入ってまで見せてくれた。対向車が来ないと確信しているのがすごい。
バスに揺られること1時間、ようやく紀元杉の場所に到着した。
紀元杉とは車で行ける場所では最大の屋久杉のことで、樹齢3000年で樹高19.5m、幹回り8.1mの巨大樹だった。
紀元より1000年も前から生息しているのに紀元杉と名付けられたこの木が気の毒に思えた。長男なのに三郎、1本でもニンジンって感じがした。

↑紀元杉
この時、同じバスで来た女性二人組の観光客(二人とも30代前半くらい?)に話しかけたらすごく仲良くなった。
二人から屋久島最大級の杉、縄文杉は見るの?と聞かれたので俺はもちろん見て帰ります。と答えたのだが、まさか今日じゃないよね?と言われた。
今日しか屋久島にいないんだから今日見て帰るに決まっとるやんと思ったが、話を聞くと俺はとてつもなくアホだった。
縄文杉を見るためには往復10時間の登山をしなければならないということだった。しかも毎年遭難者が出るような厳しい道のりらしい。
そんな苦労をしなければ見ることができない縄文杉を日帰りで見ようと思ってた俺の計画性のなさが見事に露呈されてしまった。
フェイスからファイヤーよホント。
※皆さんも縄文杉が見たかったら屋久島で3泊する覚悟がいることを覚えておいてください。
山小屋で1泊し、早朝5時から登山を開始する必要があるようです。
縄文杉を見るまでのプロセスを二人から聞いた俺は当然縄文杉を見るのをあきらめた。
その後は二人と屋久島自然休養林(通称ヤクスギランド)に樹齢3000年以内の屋久杉を見に行った。帰りのバスが来るまでまだ時間はたっぷりあったので一番長い登山コースに入ることにした。
このヤクスギランドというネーミングセンスに不快感を覚えるのは俺だけなのだろうか?
ダサすぎると思う。世界遺産登録地の誇りを持ってほしい。
名前はひどいが、この林の中は素晴らしかった。まさにもののけ姫の森という感じで圧倒された。目に映る全てが綺麗だと思った。


左上:千年杉(樹齢1000年) 右上:天柱杉(樹齢1500年)
左下:母子杉(樹齢2500年)
ヤクスギランドの中で、二人からおにぎりと玉子焼きと、飛魚の天ぷらと、ポッキーをもらった。昼ごはんのことなんて考えていなかった俺には本当にありがたかった。
その昼食時に台湾旅行で親父が池に落ちた話をしたら、二人は笑い死にそうになっていた。まさかこんなにウケるとは思わなかったので俺はご機嫌になった。ルンルン♪
ヤクスギランドを満喫し、売店で屋久杉で造られたぐい呑みを購入した。お酒は飲めないけどすごく気に入った。

帰りのバスで、屋久島にしか生息していない屋久鹿を見ることもできた。猿と鹿の両方が見れるのはすごくラッキーだと運転手さんが言っていた。
猿は本当に腐るほどいたので、鹿が見れたことがラッキーだったんだと思う。
帰りのバスでは猿が交尾しているところも見れた。
運転手さんは愛を育んでいますねー。なんて悠長なことを言っていたが、そんな可愛いもんじゃなかった。激しすぎた。さすが野生、俺は思わずおぉっ!と声を上げてしまった。
合同庁舎前で、仲良くなったお姉さん二人とも別れることになった。
またどこかで会えたらいいですね、とか言って握手したけど、もう一生会うことはないだろうな。岡山から観光で来ていたらしい。
二人と別れた後にお土産屋でバイト先へお菓子を買った。購入後も店内をブラブラしていたら民宿へ帰るバスに乗り遅れてしまった。
次のバスは1時間以上来ない様子だったので民宿まで歩いて帰ろうと思った。
それが間違いだった。
歩けど歩けど民宿に着かない。2時間くらい歩いたときに限界を感じた。2時間歩いたってことはバスに1回追い抜かれているはずであるが記憶にない。
もう歩けないと思ったのでヒッチハイクをしてみることにした。
俺は電波少年でヒッチハイクの旅を毎週見ていたので、問題はないはずだ。
運転手に見えるように親指を立てるだけ、簡単だ!簡単だ!と自分に言い聞かせて親指を立てて待ってみた。
すぐに1台の軽トラックが止まってくれた。
すげぇぇぇぇぇ!!俺すげぇぇぇぇぇ!!親指ぃぃぃぃ!!
とテンションが上がったが、俺は何もすごくない。
運転手さんがすごい。超絶的な優しさで俺を助手席に迎えてくれた。
合同庁舎から歩いてきました、と言ったら笑われた。15kmくらい歩いてたらしい。俺は20kmくらい歩いたと思っていたのでそんなもんかーと思った。
民宿にはすぐに着いた。5分くらいだったと思う。
運転手さんに心の底からお礼を言って部屋に戻った。民宿にはおじさんもおばさんもおらず、完全に留守状態だったが鍵はかかっていなかった。
この民宿今は俺の城やん!!と思った。
とりあえず俺の城でシャワーを浴びた。かなり気持ちよかった。
風呂上りに部屋で一息つくと猛烈にお腹が空いてきた。
よし、何か買いに行こうと思って民宿を出たとき、ちょうどおじさんが帰ってきた。
おじさんに今から買い物に行くと伝えると、一番近い商店まで5kmくらい距離があるから俺の車使っていいよと言ってくれた。
お、おじさーん!!
俺が金髪美女なら色々してあげたのになぁと思った。
早速おじさんの車を借りて、近くのコンビニのような商店に買い物に行き、カップヌードル(シーフード)とコロッケパンとなっちゃん(オレンジ)を購入した。
買い物を終え、民宿に戻るとおじさんが焼き鮭とおにぎりを俺にくれた。
かなり嬉しかったが、これくれるなら俺買い物行く必要なかったなぁと思った。でもお腹が空いていたのでカップヌードルも食べることにした。本当においしかった。
食事中、俺が佐世保から来たことをおじさんに話したら、戦争の話を15分くらいされた。
戦争の話を聞き終わった後に、俺は明日の朝出航のフェリーはいびすかすに乗って鹿児島に帰ろうと思うと伝えると、
はいびすかすの出航時間にはバスの始発でも間に合わないから俺が車で港まで送ってやるよ。とおじさんは言ってきた。言ってくださった。
屋久島BANZA−I!!!
おじさんに心の底からお礼を言い、俺は部屋に戻った。
圏外の部屋では特にすることもなく、テレビをぼけーっと見ていた。どんなテレビを見たのか全く記憶にないので本当にぼけーっとしていたんだと思う。
23時過ぎに星を見ようと思って外に出てみた。道に外灯が全くないため、道を歩くのはひたすら怖かったが、星はすっごい綺麗だった。
20分くらい歩いたところでケータイの電波が立ったので、その場にしゃがみこみ友達とメールをした。今思えばテンションが上がりすぎた恥ずかしいメールを送ったかもしれない。
マンマミーア!
少し肌寒くなってきたので、民宿に戻り、布団にもぐり込みすぐに眠りについた。

つづく

今日もものすごい長文になってしまいました。次は鹿児島〜宮崎篇です。
9月21日木曜日
早朝5時、船内に
「ただいまより、屋久島に向けて出航します」という放送が大音量で流れ、船が動き出した。
おそらくこの放送のせいで寝ていた人は全員起きたと思う。一体何考えてんだフェリーはいびすかす。
完全に目が覚めてしまったので、船内の自販機で売っていたカップヌードル(カレー)を買って食べることにした。
でもお湯が出なかった。
何考えてんだフェリーはいびすかす!と思ったが、愛想よく船員にお湯の在り処を聞いてみた。すると、船員食堂にポットがあるから使っていいよと言ってくれた。
シャゲナベイベー!!
こうして念願のカップヌードルを食べることができた。すごくおいしかった。
中学生がうらやましそうに俺のカップヌードルを見ていたことが何よりの調味料だった。
その後は何をするでもなくボーっとi-Podで音楽を聴いていた。
そして7時15分くらいにフェリーは屋久島に到着した。
屋久島に到着するやいなやおばあちゃんが「じゃあ車のとこに行きましょう」と話しかけてきた。
本当にありがたい、半信半疑だったが、どうやら本当に車で送ってくれるらしい。
車両貨物室にあったおばあちゃんの車(2ドアの軽自動車)に乗り込み、俺は屋久島の地に降り立った。(正確にはまだ降りても立ってもない)
俺は屋久島ってのは杉の木しかなくて人はほとんど住んでいないイメージを冗談抜きで持っていたため、舗装された道路や町並みに驚いた。港を降りてすぐに屋久杉が見れると思っていた自分が恥ずかしくなった。
おばあちゃんはかなり運転が荒く、港で何度も人を轢きそうになっていた。
20分後、おばあちゃんの知り合いが経営する民宿に到着した。
これで屋久杉生息地域に少しは近づいたようだったが、屋久杉を見るためにはまだまだ移動しなくてはならないようだった。
民宿にはおじさんとおばさんがいておばあちゃんが話をしてくれたら、じゃあ1泊2500円でいいよ、と通常3500円のところを千円まけてくれた。本当にありがたい。
おばあちゃんとはこの時電話番号を交換して別れた。
何か困ったことがあったらいつでも連絡してね、と嬉しいことを言ってくれていたが、民宿は圏外だった。
民宿は「山海荘」という贅沢な名前だったがボロかった。トイレが薄暗くて朝でも本当に怖かった。
荷物を部屋に置いて、早速屋久杉を見に行こうと思ったのでおじさんに屋久杉はどこに行けば見れますか?と尋ねた。
するとおじさんはバス会社に電話してくれてバスの時間を調べてくれた。本当に優しい!俺が金髪美女ならサンクス!サンクス!と言ってキスしまくるところだった。
おじさんの話では8時17分のバスに乗って、合同庁舎前で一回降りて、そこから紀元杉行きのバスに乗り換えれば杉の木が見れるということだった。バス停は民宿から歩いて30秒のとこにあったので、8時10分まで部屋でボーっとしていた。
おじさんにいってきます!と元気よく挨拶して民宿を出発し、バスに乗り込んだ俺は、運転手さんの優しさにびっくりした。
「お客さん、杉の木を見に行くんでしょ?じゃあ合同庁舎前で乗り換えになるから480円用意しておいくださいね。小銭ありますか?1万円、5千円、2千円札は両替できないから早めに言ってくださいね。私が千円札と交換しますから」と話しかけてきた。
ありがとうございます、大丈夫です、小銭あります。と答えると、では出発します。と言ってバスが動き出した。
度肝を抜かれた。
30分後、合同庁舎前に到着したら、運転手さんが紀元杉行きのバスは9時25分発だからね。と教えてくれた。
30分以上何もすることがなかったので合同庁舎の写真を撮ってみた。

9時25分に紀元杉行きのバスに乗りこんでからは屋久島の自然に圧倒されっぱなしになった。どんどん山道に進んで走るバスの前に野生の猿が続々と姿を現し始めた。
このバスの運転手さんも市営バスの運転手とは思えないほどよく話す人で、バスガイドいらずだった。
「はい、この猿が屋久島にしか生息していないヤクザルです。今発情期なんですよね。お客さん達は今日ヤクザルに幾度となく出くわすかもしれませんが絶対に餌をやらないでくださいね。餌をあげると猿が人間の食べ物の味を覚えてしまって畑を荒らすようになるんですよ。そのせいで毎年200匹以上もの猿が殺されてます。猿のためを思うなら餌をやらないでください。」
という説明をバスを停車させてまで話していた。

そんな感じで、あの山は○○山と言って標高が○○メートルあるとかずっと話してくれていた。景色のいい場所では完全に右車線に入ってまで見せてくれた。対向車が来ないと確信しているのがすごい。
バスに揺られること1時間、ようやく紀元杉の場所に到着した。
紀元杉とは車で行ける場所では最大の屋久杉のことで、樹齢3000年で樹高19.5m、幹回り8.1mの巨大樹だった。
紀元より1000年も前から生息しているのに紀元杉と名付けられたこの木が気の毒に思えた。長男なのに三郎、1本でもニンジンって感じがした。

↑紀元杉
この時、同じバスで来た女性二人組の観光客(二人とも30代前半くらい?)に話しかけたらすごく仲良くなった。
二人から屋久島最大級の杉、縄文杉は見るの?と聞かれたので俺はもちろん見て帰ります。と答えたのだが、まさか今日じゃないよね?と言われた。
今日しか屋久島にいないんだから今日見て帰るに決まっとるやんと思ったが、話を聞くと俺はとてつもなくアホだった。
縄文杉を見るためには往復10時間の登山をしなければならないということだった。しかも毎年遭難者が出るような厳しい道のりらしい。
そんな苦労をしなければ見ることができない縄文杉を日帰りで見ようと思ってた俺の計画性のなさが見事に露呈されてしまった。
フェイスからファイヤーよホント。
※皆さんも縄文杉が見たかったら屋久島で3泊する覚悟がいることを覚えておいてください。
山小屋で1泊し、早朝5時から登山を開始する必要があるようです。
縄文杉を見るまでのプロセスを二人から聞いた俺は当然縄文杉を見るのをあきらめた。
その後は二人と屋久島自然休養林(通称ヤクスギランド)に樹齢3000年以内の屋久杉を見に行った。帰りのバスが来るまでまだ時間はたっぷりあったので一番長い登山コースに入ることにした。
このヤクスギランドというネーミングセンスに不快感を覚えるのは俺だけなのだろうか?
ダサすぎると思う。世界遺産登録地の誇りを持ってほしい。
名前はひどいが、この林の中は素晴らしかった。まさにもののけ姫の森という感じで圧倒された。目に映る全てが綺麗だと思った。


左上:千年杉(樹齢1000年) 右上:天柱杉(樹齢1500年)
左下:母子杉(樹齢2500年)
ヤクスギランドの中で、二人からおにぎりと玉子焼きと、飛魚の天ぷらと、ポッキーをもらった。昼ごはんのことなんて考えていなかった俺には本当にありがたかった。
その昼食時に台湾旅行で親父が池に落ちた話をしたら、二人は笑い死にそうになっていた。まさかこんなにウケるとは思わなかったので俺はご機嫌になった。ルンルン♪
ヤクスギランドを満喫し、売店で屋久杉で造られたぐい呑みを購入した。お酒は飲めないけどすごく気に入った。

帰りのバスで、屋久島にしか生息していない屋久鹿を見ることもできた。猿と鹿の両方が見れるのはすごくラッキーだと運転手さんが言っていた。
猿は本当に腐るほどいたので、鹿が見れたことがラッキーだったんだと思う。
帰りのバスでは猿が交尾しているところも見れた。
運転手さんは愛を育んでいますねー。なんて悠長なことを言っていたが、そんな可愛いもんじゃなかった。激しすぎた。さすが野生、俺は思わずおぉっ!と声を上げてしまった。
合同庁舎前で、仲良くなったお姉さん二人とも別れることになった。
またどこかで会えたらいいですね、とか言って握手したけど、もう一生会うことはないだろうな。岡山から観光で来ていたらしい。
二人と別れた後にお土産屋でバイト先へお菓子を買った。購入後も店内をブラブラしていたら民宿へ帰るバスに乗り遅れてしまった。
次のバスは1時間以上来ない様子だったので民宿まで歩いて帰ろうと思った。
それが間違いだった。
歩けど歩けど民宿に着かない。2時間くらい歩いたときに限界を感じた。2時間歩いたってことはバスに1回追い抜かれているはずであるが記憶にない。
もう歩けないと思ったのでヒッチハイクをしてみることにした。
俺は電波少年でヒッチハイクの旅を毎週見ていたので、問題はないはずだ。
運転手に見えるように親指を立てるだけ、簡単だ!簡単だ!と自分に言い聞かせて親指を立てて待ってみた。
すぐに1台の軽トラックが止まってくれた。
すげぇぇぇぇぇ!!俺すげぇぇぇぇぇ!!親指ぃぃぃぃ!!
とテンションが上がったが、俺は何もすごくない。
運転手さんがすごい。超絶的な優しさで俺を助手席に迎えてくれた。
合同庁舎から歩いてきました、と言ったら笑われた。15kmくらい歩いてたらしい。俺は20kmくらい歩いたと思っていたのでそんなもんかーと思った。
民宿にはすぐに着いた。5分くらいだったと思う。
運転手さんに心の底からお礼を言って部屋に戻った。民宿にはおじさんもおばさんもおらず、完全に留守状態だったが鍵はかかっていなかった。
この民宿今は俺の城やん!!と思った。
とりあえず俺の城でシャワーを浴びた。かなり気持ちよかった。
風呂上りに部屋で一息つくと猛烈にお腹が空いてきた。
よし、何か買いに行こうと思って民宿を出たとき、ちょうどおじさんが帰ってきた。
おじさんに今から買い物に行くと伝えると、一番近い商店まで5kmくらい距離があるから俺の車使っていいよと言ってくれた。
お、おじさーん!!
俺が金髪美女なら色々してあげたのになぁと思った。
早速おじさんの車を借りて、近くのコンビニのような商店に買い物に行き、カップヌードル(シーフード)とコロッケパンとなっちゃん(オレンジ)を購入した。
買い物を終え、民宿に戻るとおじさんが焼き鮭とおにぎりを俺にくれた。
かなり嬉しかったが、これくれるなら俺買い物行く必要なかったなぁと思った。でもお腹が空いていたのでカップヌードルも食べることにした。本当においしかった。
食事中、俺が佐世保から来たことをおじさんに話したら、戦争の話を15分くらいされた。
戦争の話を聞き終わった後に、俺は明日の朝出航のフェリーはいびすかすに乗って鹿児島に帰ろうと思うと伝えると、
はいびすかすの出航時間にはバスの始発でも間に合わないから俺が車で港まで送ってやるよ。とおじさんは言ってきた。言ってくださった。
屋久島BANZA−I!!!
おじさんに心の底からお礼を言い、俺は部屋に戻った。
圏外の部屋では特にすることもなく、テレビをぼけーっと見ていた。どんなテレビを見たのか全く記憶にないので本当にぼけーっとしていたんだと思う。
23時過ぎに星を見ようと思って外に出てみた。道に外灯が全くないため、道を歩くのはひたすら怖かったが、星はすっごい綺麗だった。
20分くらい歩いたところでケータイの電波が立ったので、その場にしゃがみこみ友達とメールをした。今思えばテンションが上がりすぎた恥ずかしいメールを送ったかもしれない。
マンマミーア!
少し肌寒くなってきたので、民宿に戻り、布団にもぐり込みすぐに眠りについた。

つづく

今日もものすごい長文になってしまいました。次は鹿児島〜宮崎篇です。
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